2026年6月9日火曜日

言葉の力を信じるという事

私は言葉の力を信じている。

人間は言葉という武器を手に入れ、

相手の事を理解する事が出来る。

確かに人間以外の動物は、言葉の様なものを持っているが、

それは、本能的な部分で使用している。

相手の言葉を理解し、考えて意見し、同意する。

意思疎通ができる事が、他の動物たちより、

一歩抜きんでている部分である。


【言霊】という言葉をご存じだろうか?

言葉には魂が宿り、言葉が現実になる事を意味している。


自分の想いを漠然と心の中で言語化する。

その思いを伝える。

ある人は、相手にいう事で伝えるかもしれない、

ある人は、書面にして伝えるかもしれない。

どちらにしても、相手があり、それを伝える事で、

言霊が宿るのだと思っている。

そしてその想いが強ければ強いほど、現実になる。


私がおもうに、暗示なのかもしれない。

言葉だけを考えれば、ただの言葉なのだが、

人が発する言葉は、その言葉が伝わる事で、

暗示となり、意識の中に刷り込まれ、行動につながる。


昔から言われている【言霊】とは、

言葉の影響力を信じている人にしか降りてこない。

信じているから、何度でも発する事が出来るし、

発した数だけ、熱意を伝える事になる。

伝えられる側は、その熱意が刷り込まれる。


そうなれば、個人の行動が仲間の行動になり、

現実に向けての言動力となる。

きっと【言魂】とは、そうやって築かれるものなのだ。


この言葉が現在も存在するという事は、

人を動かす為には言葉が必要で、

それを発する事がスタートという事を知っていたからこそだと。


英語圏では【言霊】を直接表す表現はない。

『power of words』と表現するようだ。

いかにも合理的な欧米的と思うとともに、

言葉の熱量を魂ととらえるのは、日本的で美しいと思う。

『八百万の神』万物には神が宿る。

多神教である日本だからこそ、

【言霊】という言葉が生まれ、膨大な歴史を経て、

現代に存在しているのだろうと思う。

2026年6月4日木曜日

メールで理解してもらう事は、一番難しい事

 コミュニケーションをとる為に、言葉を使う。

言葉を使い意思の疎通ができる事で、

人間が発展する事が出来たのだ。

現在、言葉を使用したコミュニケーションは、

 ①直接顔を合わせて話をする。

 ②画面上で顔を合わせて話をする。

 ③電話等で、顔は見えないが、話をする。

 ④手書きで書いた文章(手紙など)

 ⑤PCで打ち込まれた文章(メールなど)

他にもあるだろうが、

ざっと5つの方法が浮かぶ。


相手へ伝わる度は、

①が一番高く

⑤に行くほど、伝わりづらい。

直接表情が見えるか?見えないか?

伝えやすさの条件として、最重要な事かと思う。


受け取る側は、表情が見える事、声のトーン。

この2つがあるだけで、理解度が全く違う。

人は感情の生き物である以上、避けられない事実である。


仕事でメールを良く使う場合。

実は一番伝えづらい方法である事を、理解すべきだ。

メールを読む側によって、

必ず内容のとらえ方に幅ができてしまうからだ。

なので、メールを使うのは、連絡事項にとどめるべきで、

本当に伝えたい事、本当に理解してもらいたい事は、

顔を合わせて、話すべきなのである。


コミュニケーションは意思疎通であり、相互理解である。

その目的を適切な言葉で行うには、

メールという手段は、難易度が高いのである。

2026年6月3日水曜日

時間つぶしは一苦労 乱読・積読のメカニズム発見

 仕事以外での久しぶりの単独外出。

時間つぶすのが下手くそすぎて情けない。

目的がない状況で都会の喧騒の中で、

時間を潰すのは、苦痛でしかない。

今興味あるモノを見て回ったりするのだが、

そもそも、散財になってしまうため、

店にいる時間は、非常に短いのだ。


ウィンドウショッピングなんて言葉があるけど、

買いたいという衝動を、

まわりの人たちはどう抑えているのだろうか?

まぁ抑えられないから、衝動買いなる言葉が存在するのであろう。


今日は、パソコンを見て回っているが、

安い買い物ではないので、衝動買いの心配はないのだが、

これが、本屋や文房具屋だと、やばい。

最近では、本屋の中に文具コーナーがあるから、質が悪い。

そして、手軽に買えてしまう。

確かに時間は大いに潰せるのだが、

 本を買えば、読みたくなる。

 手軽なカフェに入る。

 コーヒーを飲む。

 タバコが吸えたりしたら、たまりません。

読了できれば良いのですが、

待ち合わせの時間が来れば、切り上げる事になる。

これが、積読・乱読につながってしまう。

大抵2冊以上本を買う習慣があるせいか、

読みかけ状態にもなるし、

それとは別に家で読んでいる本もある。


書いていて気付いたけど、

まさに、乱読と積読のメカニズムそのもの。

根本の解決は、そもそも本屋に近づかない事なのかもしれない。

2026年6月1日月曜日

人生の最後で後悔しない為に

自分の為の時間を増やす様にしている。

今まで、自分の時間を犠牲にして、仕事をしてきた。

ただ、その職場を離れる決心をした瞬間に、

ふと肩の力が抜けてきたのである。


定年退職まであと3年。

57歳にて、早期退職となるのだが、

家族を養う事を考えると、

今後の生活に不安があるのは否定しない。


職場の人員不足は深刻なのに、

新たに採用する気配すらない。

『新規で社員は採用しない』そんな上層部の方針。

人員不足分の負荷がかかるのが、

自分であると、容易に予測できた為、

これ以上、家族も巻き込んでの犠牲はどうしても避けたかった。


あと3年を残しての早期退職になるのだが、

不思議と後悔する事もない。

むしろ、自分を取り戻す時間が作れたのだと。


60歳定年の私の会社は、

嘱託社員として、1年毎の契約更新で

70歳まで雇用される仕組みである。

しかし、家族と自分の時間を犠牲にして、

70歳まで働くのは、まっぴらごめんだ。


自分らしく生きる。

方向転換するには、

体力もあり、体がいう事をきいてくれる、今しかない。


70歳過ぎてから、仕事引退して、

本当に好きな事が出来るだろうか?

出来ないに違いない。


今のこの選択が、あっているか?間違っているか?はわからない。

そもそも何が正解なのかがわからない事。

だからこそ、10年後に正解であるように、

自分らしく生きて行きたいものである。


それは

 趣味の読書の時間かもしれないし、

 写真撮影の時間かもしれない。

 家族との時間かもしれない。

家族を養う為の仕事をしながらだけど、

本当に大事な事に、自分の時間を使いたい。

人生の最後に後悔しない為に。

2026年5月30日土曜日

ストレスと読書とアンガーマネジメント

読書する習慣がある身からすると、
あまり実感はないのだが、
ストレスが溜まった時に、
5分間読書する事で、
70%もストレス軽減できるとの事。

怒りが込み上げた時、
6秒我慢すると、怒りが収まる、
アンガーマネジメントに似たような感じである。

感情が高ぶった時は、一息入れるという事。
深呼吸だったり、読書だったり、
心を落ち着かせる事がこの話のキモなんだろう。

でもよく考えてみると、
イライラした時に、5分といえども、
本を読めるであろうか?
本当に6秒我慢すれば、
怒りがおさまるのだろうか?

大事なのは、そういった状況での、自制心なんではないだろうか?
自制心を持って、心を落ち着かせる。
それができれば、怒りにしてもストレスにしても、
対処できるのではないだろうか?

現実はそんな冷静に自己を分析できない。

ただ、読書習慣があり、
自分の時間を確保できて、
リラックスできる時間がある程度確保できる状況であれば、
そこまで、意識しなくても、
心に余裕が生まれてくるのは確かである。

要するに、そういった生活のサイクルを作っていく事が、
ストレス耐性を強めるコツになるのである。

一日の中で例えば就寝前30分でも時間確保できるのであれば、
読書以外でも、良いかと思う。

紙の本は、見て読む以外に、
触るという手の動作がある為、
脳への刺激は、電子書籍より多いらしい。
より深い集中力を得る為には、
手の動作は必須である様だ。

どちらにしても、日々のストレスをどこで吸収するか?なんだと思う。
発散ではなく吸収である。

発散は外に求める事である。
やり方を間違えると、余計にストレスが溜まる事も多々ある。
吸収は、自分の時間と共に共存していくイメージ。

ストレスレスな生活は不可能に近い。
人間はストレスに曝されて生きる、
社会的生物である。

ストレス耐性があるか?ないか?は、
自分の中に、ストレスを吸収できる
仕組みがあるか、ないかである。

そう考えると、日々の生活の中での自分時間を確保する事。
手軽に考えると、読書だし、日記を書く事なのかもしれない。
三日坊主ではなく、継続する為には、
最初は、高いハードルを設定しない様にする事を、
強くお勧めしたい。

2026年5月26日火曜日

人生は自分の時間をどこに使うかだ。~生涯現役という言葉もあれば、隠居という言葉もある。

 人はそもそも、働く必要がなければ、働かない生き物だ。

他人がどう言おうが、少なくとも私はそう思っている。

でもときたま、心の底から仕事が好きな人がいたりする。

ワーカホリックっていうやつだ。


よく言えば、仕事に対しての責任感があるとか、

放っておけない心配症だとかともいえるが、

悪く言えば、病気だ。※ホリック(holic=依存症・中毒)

いや、そもそも病気なのだ。


人はそもそも怠惰な生活が好きなのだ。

動物の本能とも思う。

身近な犬や猫たちは、食う・寝る・遊ぶに全力を尽くす。

人だって根本は一緒なのだ。


人と犬や猫などの動物と違うところ、

それは理性があるという事。

理性があるが故、

他人からどう思われるか?とか、

自分基準ではなく、他人基準で行動を決めてしまうのだ。

そして、自分の時間を他人や仕事など、

自分以外に使い、疲弊していくのだ。


人は年齢を重ねると、子供に帰ります。

より本能的に生きていく選択をする。

他の動物たちと違うところは、

他人のために使っていた時間を、

家族や自分のための時間を使いたいと思うようになる。


生涯現役という言葉があるけど、

それが正しい訳ではない。

だから隠居という言葉もあるのだ。

自分の時間をどう使うか?

それこそが人生なんだ。


人の人生観は、人の数だけ存在する。

そろそろ、自分の生き方を再度考えていきたい。

そう思う、今日この頃なのである。

2026年5月22日金曜日

積読本が増える! 原因はどこにあるのか?

 休みの日は、大抵読書して過ごす。

積読している本を消費するために。

ストレスが溜まってくると、本屋に行ってしまう癖がある。

買い物をして、ストレス発散するという話を聞くが、それと同じだ。

同じとは言っても、ブランド物を買い漁るよりは、

経済的な負担も少ないし、

一時的な所有欲を満たす事で、

ストレス発散するより、

知識を蓄えたり、感性を磨ける事につながるから、

コストパフォーマンスは高い。

ただし、買った本を、読めばの話。


どんなに仕事が忙しくても、

最低30分くらいは読書しているのだが、

それでも、買ってきた本が、積読化してしまうのは、

読むスピードに比べて、本を買ってくるスピードが

速いという事は、明らかである。


本のジャンルは様々で、流行りもの小説も読めば、

ビジネス書や自己啓発本、

はたまた、勉強用の本まで、

読破する時間もジャンルによって全く違う。


何故、読破できていないにも関わらず、

新しい本を買ってしますのだろうか?

ストレスも要因の一つかもしれない。

仕事帰りに本屋があるというのも要因かもしれない。

ただ単に所有欲の塊なのかもしれない。

元々、お金もないのに、なんでも集めてしまうという、

収集癖があるのもその要因かもしれない。


これは無駄遣いなのだろうか?

あくまで自己投資って考えはダメだろうか?


ストレスをためない。

帰宅中に本屋に寄り道しない。

まずはこの2つを心がけたい。


さて、読書を再開しよう。

溜め込んだ本を消費する時が来たのだ

 書棚にため込んだ本がある。 買ってみたはよいが、読まずにいる本。 それを積読という。 本屋という場所は、一番手っ取り早く時間をつぶせる場所である。 読書好きにはたまらない場所でもある。 そしてそれは、積読本を増やし、 つい散財してしまう魔界の巣窟なのである。 本屋に足を運ぶ事は...