2026年6月22日月曜日

溜め込んだ本を消費する時が来たのだ

 書棚にため込んだ本がある。

買ってみたはよいが、読まずにいる本。

それを積読という。


本屋という場所は、一番手っ取り早く時間をつぶせる場所である。

読書好きにはたまらない場所でもある。

そしてそれは、積読本を増やし、

つい散財してしまう魔界の巣窟なのである。


本屋に足を運ぶ事はあっても、

本を買うことを我慢するようにしている。

大人買いという言葉通り、本を買い漁っている今、

我慢するのは至難の業である。

学生のころ自分の手持ちが少ない時期に

我慢していた経験があるおかげで、

手に入れるという事の執着心は誰よりも強いと思う。


使えるお金が限られていたころの、

次買う本をシミュレーションする。

でも買わない。我慢する。

禅問答か、何かの修行のようだ。

昔はふつうにやってた事。

でも、次に買う本を決めても、

次に本屋に行くときには、その記憶は全く残っていない。


本は『知識の泉』といわれています。

ただ、これは読んでいる前提の話である。

持っている事を指すわけではない。

そう、だから積読は『知識の泉』というお宝を、

放置して、ため込んでいる事を意味している。

これはもったいない。


知識を仕入れる事は、いくつになっても必要なこと。

積読は知識の宝の山を所持していること。

ただ、消費しなければ、宝の持ち腐れだ。

だから、しばらくは本を読むことに専念しよう。

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